
一年に一度の人間ドックを欠かさないようにしています。
決まって2月の時期に受けるのは、忘年会と新年会で弱った胃腸を検査する目的があります。試しに、この2ヶ月間で酒を飲まなかった日をカウントしたのですが、これがたったの一日だけ。風邪で寝込んだ夜だけで、飲んじゃダメだという診断前の晩までアルコールをあおっているのですから、健康診断以前の問題です。
昨年の診断は高コレステロールでした。主に昼のこってりラーメンが原因のようです。
やめればいいのにやめられないのが、このこってりラーメンの中毒性で、二郎系ラーメンが都内中にできたお陰で、ますますコレステロール値が上がっているようです。最近の私のオススメは駒場の「千里眼」。「二郎」の冠こそないものの、麺もスープも二郎系である上に、私の青春を支えた成蹊の「二郎」同様に一味唐辛子が用意されているのが嬉しいお店です。
というわけで、健康の話がラーメン店のオススメ話に行き付くあたり、私の健康意識の低さがお分かり頂けたと思います。そして、今日も千里眼か。ラーメンと健康の難しい両立がきょうも悩ましい一日です。
ラーメンか健康か。 2012年2月16日 木曜日
水の都、東京 2012年2月13日 月曜日

「首都で東京ほど多くの川と海の水辺に恵まれているところはない」
いつだったか、そう教わったことがあります。たしかに、北京もパリも内陸にあるし、ロンドンにはテムズ川、ソウルには漢江があるとはいえ、海辺には面していません。
大小様々な川が海に注ぎこむ東京は、世界でも稀に見る水辺の首都であるようですが、このことはこれまで都民に意識されてきませんでした。
しかし、水辺空間をもっと利用しようという気運がここ数年、一部から盛り上がってきています。その試みとして、日本橋と羽田空港に船着場が誕生したことはご存知でしょうか?
今では三越デパートで有名な日本橋ですが70年前までは、水路を活かした魚河岸が展開していて、船で買い付けに来た市場関係者で賑わっていました。ところが、市場が築地に移転し、首都高が日本橋に覆いかぶさると、橋の美貌は帽子に隠され、美しい水辺は首都高の影を揺らす水面に降格することになったのです。
私は最近、「なぜ、東京にオリンピックが必要なのか?」と聞かれるたびにこう言っています。「オリンピックで失った街並みをオリンピックで取り戻そう」。
首都高が日本橋に覆いかぶさったのは、1964年のオリンピック大会のときでした。
必死の形相で先進国の仲間入りを目指す戦後日本にとって、橋の犠牲を回避する余裕はなかったはずです。しかし、半世紀が経過し、高度成長の犠牲になった日本橋を、成熟したした市民が取り戻すとするなら、2020年のオリンピックには2度目の大義が生まれるのではないでしょうか。
半世紀前の日本人は、西洋に追いつくためのオリンピックを目指し、時間に追われながら、先進国との同化を図る「塗り絵」をしていたように思えてなりません。ハリウッド映画に映るアメリカ人の暮らしそのものが塗り絵には格好のアウトラインだったのではないでしょうか。
今度のオリンピックで、日本人が目指すのは塗り絵ではありません。ちょうど健康志向の欧米人に「sushi」が大流行したように、日本の伝統文化の中で育まれた有形無形の財産を掘り起こし、これを世界に紹介することで、もう一度、日本への関心を呼び起こそうという試みのはずです。
その一つとして、江戸に栄えた水路の復活を私はこのオリンピック招致を通じて実現したいと思っています。
羽田空港から水上バスに乗り込んだ観光客が、レインボーブリッジを眺めながら川を登って、日本橋に降り立つ。キリン像が凛と迎える日本橋には、江戸情緒に溢れたおもてなしの空間が広がっているとしたら、日本ならではの街並みになると確信します。
そんな構想を胸に、羽田ー日本橋をチャーター水上バスで結ぶ観光プランを作りました。この際、是非参加してみてください。
パンツの友情 2012年2月9日 木曜日

先日、「野田首相と河井秘書官」のタイトルで、10年来の先輩である河井さんについて書き込みをしたところ、ハッシーから「俺が登場してないのが寂しい」との注文メールをいただきました。
リクエストにお答えして、今日は当時のハッシーを登場させて、10年前の代表選挙で野田さんを支えた秘書たちを蘇らせてみたいと思います。
10年前の代表選挙に野田さんが出馬した際、私が野田事務所に1ヶ月間出向していたことは以前にも書きました。事務所に出向といっても、船橋の野田事務所に行くわけではなく、招集された先は全日空ホテルでした。つまり急ごしらえの選挙事務所ですから、ホテルのベットを運び出し、代わりに机と椅子を持ち込んだ秘書6名用の作業部屋です。
ホテルに選挙事務所といえば、いかにも永田町的で「カッコいい」と胸を弾ませていた私は大間違いで、不便この上ないことに直ぐに気づかされました。鍵が人数分ないのです。いちいちフロントに鍵を預けるのはいいのですが、フロントも誰が野田陣営なのか覚えられず、鍵の受け渡しが容易ではありません。そこで、誰が言い出したのか、部屋にコードネームをつけようということになり、ついた暗号は「ドラえもんの部屋」。野田さんの体型にあやかって、「ドラえもん」とつけたあたりは、なかなか笑えるセンスの陣営でしたが、一等地のホテルのフロントで真面目なスーツ姿の秘書たちが「ドラえもんの部屋のキーをください」と口にしていたのは、誠に間抜けな姿であったと思います。
そんなバカバカしいネーミングに楽しみを見つけていた、当時のバカバカしい仲間がハッシーこと橋本博明衆議院議員でした。彼も陣営の議員事務所から野田事務所に出向してきた若手秘書でした。文科省のキャリア官僚だった彼は政治家を志して野田派の議員秘書になったばかりで出向の辞令を言い渡され、最初の仕事がビールの買い出しだったのですから、ハッシーというより、パシリ。文科省の上司が見たら泣けてくる場面だったでしょう。
そのハッシーと何日、ホテルに泊まったか、わかりません。予算がなかった野田陣営に一人一部屋を割り当てる余裕など毛頭なく、ダブルのベットに男二人で何晩も身を寄せ合ったのでした。誠に気持ちの悪いことです。気持ち悪いと言えば、下着も問題でした。急な逮捕と一緒で、予想外の外泊に見舞われた秘書の面々は、下着もろくに用意していなかったため、洗うもの、買うもの、最後は借りるものまで現れ、借りたのがハッシー。貸したのが私でした。パンツを貸した仲となれば相手がいくら偉くなろうと、永遠の友情を感じます。
とにもかくにも、10年前の野田陣営がいかにサークル的で、急ごしらえだったか分かって頂けたと思います。それに比べれば、総理を誕生させた今の野田陣営は組織的になったのでしょう。でも、ハッシーたちには笑いが絶えず、永田町一、楽天的だった当時の陣営の明るさを忘れないでほしいと願います。総理に笑顔。陣営に余裕を。よろしくお願いします、ハッシー代議士。
型破り官僚の本領発揮 2012年1月30日 月曜日

日本最大の展示会場といえば、お台場の東京ビックサイトです。ところが、世界的の潮流は展示場の大規模化。40万平米の展示場ができるなか、8万平米のビックサイトは時代遅れになっています。
ビックサイトを所管する経済港湾委員会に所属する私は、ジュエリー・ベスト・ドレッサー賞を主催するリード社の石積社長から何度も「ビックサイトの拡張なしには景気の回復はない。狭い展示場は国益を損なう」と進言されてきました。
そんなビックサイトの新年会に来賓として招かれた今年、「ビックサイトの経営陣に挨拶して実情を聞いてみよう」と思い立って、新年会に出席しました。
「ああ、久しぶりにですね」と迎えてくれたのは元産業労働局長の島田社長(東京ビックサイト)です。京都の高僧のような風体からは想像できない明るい人柄は局長時代から有名で、私が記憶しているのは局長時代の連合東京での挨拶でした。
労働組合の幹部を前に都を代表して挨拶に立った島田局長は通り一遍の労働行政を語るわけでもなく、「実は私も最近、ハローワークに行ってきました」と切り出して、会場の注目を集めたのです。
「私も、もうすぐ定年ですから次の人生を考えようとハローワークに出かけましたが、60手前のオジさんが特技もなく窓口に行っても、紹介できるところは殆どないと言われちゃいました。厳しい労働環境を実感しました。」
本当にハローワークに出かけたのかどうかはわかりませんが、少なくても実感できるエピソードを引き合いに世間の労働環境の厳しさを語る島田氏の挨拶に好感を持ちました。「あの局長は面白いなー」議員の間でも有名になった局長が今はビックサイトの社長さんです。せっかく、外の世界に再就職したのですから、島田社長の本領発揮を期待し、民間からのリクエストに応えてもらいたいものです。型破り官僚の実力に注目しています。
人間日時計 2012年1月26日 木曜日

とにかく寒いです。
12カ所の駅で毎回配っている私の「YUU刊」を配布するために、今朝は武蔵小山駅に来ました。
車についている温度計で、気温をチェックするのが最近の自虐的な日課になっているのですが、今朝は1度で、駅前は雪が残り、L字溝に溜まっていた雨水には氷が張っていました。
ささやかな救いはビルの谷間から指す、朝の太陽です。配りやすい場所よりも、日の差す場所を追いかけながら配る私は、人間日時計のようなもので、時間とともに移動していました。
通勤客の皆さんも、頑なに手がポケットに入っているため、簡単には「YUU刊」を受け取ってくれません。当たり前ですね。凍えた口元で「すみません」といって通り過ぎる方もいて、こちらこそ寒いときに行く手を阻んで、申し訳なくなるくらいです。本当にすいません。
それでも1時間ちょっとで150人の方々に受け取って頂きました。
読みたいといういうより、同情、憐れみ、励ましのつもりで、受け取ってくれた方々が大半のようでしたが。ありがとうございました。
ところで、今年の駅頭で一番困っているのは、西崎翔秘書です。寒修行のような駅頭に付き合ってくれるスタッフにはお礼の言葉もないくらいですが、彼が一向にコートを着てくれないのは困ったものです。口数少ない彼は高倉健のように「自分、大丈夫です」としか言わないのですが、気温1度で大丈夫なわけがありません。
今年の寒さに白旗をあげた私は早々にコートを着込んでいるので、スタッフがスーツ姿では、カッコがつかないだけでなく、秘書にだけスーツを無理強いしている悪い議員に映っていそうで、居心地が悪くて仕方ありません。「お願いだからコートを着てよ」に対して今朝も「大丈夫です」と、凍えた高倉健は健在でした。
誠に頭の下がることであります。













